それから毎晩。倒しても倒しても、襲いかかるゾンビ=嫁はん(仮)。
俺が機嫌を悪くして怒ろうが、家など買わぬと理屈をこねようが、一切懲りることなく、笑顔で新しい物件の情報を見せてくる。それらはどれも3,000万円以内におさまるものではない。
ー買わへんっ、ちゅうねん。
のような会話を何度交わしただろうか。嫁はん(仮)のメンタルの強さには、本当に感心する。いらいらしがちな自分としては、とてもありがたいと思う。ありがとう、ゾンビメンタル。
5月下旬ごろ。
家の近所の電柱に、「3LDK 3,280万円 新築同様」 という貼り紙が貼られまくっていた。
この情報に嫁はん(仮)が飛びついた。
そもそも、そこら中の電柱にチラシを貼っていること自体違法であるし、そのような業者の、いかにも怪しげな物件を買いたいなどとは微塵も思わなかったが、この数ヶ月いろいろな物件を見ている中で、一戸建てというのはいったいどれほどのもんなんじゃい。と興味本意で、見にってもええかな、と思った。
ー予算は超えてるけど、一戸建ても見てみたいし、とりあえず行ってみよか。
と言って、家から歩いて物件に向かった。暑かった。
板橋区成増は坂が多く、少し歩くだけで登ったり降りたりして、平坦な道がほとんどない。
iPhoneで地図を見ながら物件に向かうが、距離としてはそう離れていないはずなのに、嫁はん(仮)はもう疲れて足取りが重くなっている。
で、ようやく辿り着いたその物件は、急な坂道の中程。平屋のような家の前では、くたびれた不動産屋のおっさんがスマホをいじりながら俺たちを待っていた。
ーどうも。
ーどうも。
おっさんはやる気がない。聞くところによると、この物件の担当者は別件でここに来られなかったそうで、おっさんは代理でここに来ているだけらしい。
さっそく中に入るとそこは、平屋ではなく建物の2階。
玄関を入ってすぐの所がリビングになっていて、窓側には台所。反対側にはトイレがあって、下へ続く急な階段がある。
ー酔っ払って帰ってきたら、俺階段から落ちて死ぬな。
ー死ぬな。
などと言いながら地下みたいな1階に降りると、またトイレがあって、風呂があって、細い廊下を挟んで部屋が2つ。
一応新築だということで設備はそれなりに整っているが、二人ともどうしてもここに住みたい、とは思わなかった。
もう一度2階に戻り、外に出て、家の横の階段からまた下に降りて、むき出しになった家の土台を見るとなんだかとても錆びていたので、二人でわちゃちゃ。などと言ってまたすぐに2階に戻った。
一戸建てである、ということ以外には、特になんの魅力を感じることもできない物件だった。
ーどうも。
ーどうも。
おっさんは、これといったセールストークをすることもなく、あっさりと俺たちを見送る。
俺たちはまた坂を登ったり降りたりして、駅に向かった。
今日はもう1軒。嫁はん(仮)がネットで目をつけていた、北綾瀬の新築マンションを見にいくのだ。
<続く>