懲りもせず毎晩、嫁はん（仮）は3,000万円という一応の限度額を超える物件を提示し続け、俺は仕事が終わって家に帰るのが若干憂鬱に感じ始めていたころ。その日は珍しく、2,980万円の物件情報を提示してきた。
北綾瀬。新築分譲マンション。2,980万円〜。
板橋区成増、東武東上線沿線だけで探しているかと思っていたら、いつの間にかはるか遠く、足立区北綾瀬の物件まで調べていたとは！
2,980万円〜、というのは、以前見にいって二人とも気に入っていた志木の中古マンションと似ている。
このとき、不動産屋を仲介せずに購入すれば仲介手数料がかからずそれだけで、数百万円初期費用が抑えられるということを知った。
物件を見にいく前日、たまたま仕事で北千住に行く用事があったので、空き時間に少し、北千住の駅前を歩いてみた。
駅前の商店街には、昼間から飲めるような安い居酒屋も多く、その他スナックやキャバクラ、ピンサロが建ち並び、猥雑なところは悪くないな、と思った。
駅前の大型ビジョンでは、みやぞんの歌が繰り返し流れていた。
そんな、足立区。
成増の訳あり一戸建て物件を見た後、電車で綾瀬に向かった。
マンションはまだ建設中なので、今回訪れるのは現地ではなく綾瀬のモデルルーム。
駅まで少し時間をつぶし、喫茶店で茶をシバくなどした後、歩いてモデルルームに向かった。
ー予約したおちあいです。
名前を告げて、いくつかテーブルの並ぶ商談室のようなところへ通され、メニューの中からコーヒーを選んで、しばし待つ。
他のテーブルでも何組かが話をしていて、とても賑わっている。
しばらくすると、おっさんが出てきた。
ーどうも。
ーどうも。
挨拶をして、差し出されたアンケート用紙に住所と名前、その他物件の条件を書く。
条件は、「3,000万円以内であること」
それ以外の条件は、話を聞いてからだ。
ということは、数日前に確認の電話がかかっていたときにも伝えておいた。
ー今回はどういった物件をお探しですか？
ー3,000万円以下の物件を。
ー他には？
ー広い方が良いとか、駅から近い方が望ましいとかありますが、まずは3,000万円以下であること。あとは話を聞いてみた上で、決めようと思ってます。
ー他には？
ーいや、だから……。
伝えておいたはずなのだが。
応対に出たのは間違いなく、この前電話をかけてきたおっさんである。
にもかかわらず、
ー今回はどういった物件をお探しですか？
少し、いらっ、とした。
ーなるほど。東京都内では、なかなか3,000万円を切る物件はないですからね。しかも新築のマンションで！
ーええ、それは知ってます。で、この2,980万円の部屋なんですけど……
それからおっさんは、北綾瀬駅の周辺環境とその相場。数年後には始発駅になるので便利だということ。近隣のスーパーや病院、学校について。マンションの将来性について。マンションの設備について。などを延々と話し続けた。
最期には、マンションとその近隣のジオラマ模型に案内されて、ものすごく丁寧に、このマンションの良さと環境の将来性について説明していただいた。
約2時間。とにかく長かった。
話しているのは、どうということのない、15分もあれば済むような内容だと思うのだけれど、何度も同じところをループする。
この人はあほなのかな、と思った。
ものすごく、帰りたかった。
帰って酒飲んで屁をこいて寝たい。強くそう願っていた。ああ、神様。
＜続く＞
