麻婆豆腐ー買おか。

和光市駅前の喫茶店で取りあえず話がまとまり、家に帰ってすぐ先ほどの不動産屋のおっさんに電話をした。

ー一応買うつもりでいるので、来週もう一度部屋を見せてください。その上で正式に決定させてください。

それからの一週間は、約半年ぶりぐらいで我が家に平和が訪れた。なぜなら、仕事から帰ってきて物件情報を見せらることがなくなったから。
飯を食って酒を飲んで、風呂に入って屁をこいて寝る。それだけ。心の平穏。

次の週末。
また一眼レフカメラをぶら下げて、和光市のマンションに向かった。
先週の帰り道、少し遠回りをすれば急な坂道を通らなくても済むことが分かったので、今度はそちらから。
それでも、なだらかにだらだらと坂は続く。真夏日だ。
駅を出て少し歩き始めたらすぐに滝のような汗が噴き出す。そんな中、俺はカメラを構えて、その辺を撮りまくってやった。
特に撮るべきものはなにもない、ただの埼玉県の、道。しょうもない、道。
そんな道をカメラで撮ろうとすると、嫁はん(仮)がフレームに入ってきて、いちいち変な格好をする。とても機嫌がいいらしい。

そんなこんなで、マンションに着いた。

また部屋を何度も見てまわる。もう十分以上に見たはずだが、嫁はん(仮)買うことになるかも知れないと思うといろいろと気になるらしい。小さな汚れや窓のひっかかりなどを見つけては、不動産屋に尋ねている。

ーそれで、買おうと思うんですけど。

俺は不動産屋のおっさんと購入について具体的な話をはじめる。

ー10月に結婚を考えているので、購入はそれ以降にしたいんですけど。
ーおめでとうございます。なるほど。うーん。

それはそうだろう。いまはまだ7月。3ヶ月購入を伸ばせば、所有者であるこの不動産屋の売上げも3ヶ月先になる。その間に、俺がキャンセルしないとも限らない。

ー9月末までならなんとか伸ばせますが……。

けっこう粘ってがんばったつもりだったが、これがギリギリいっぱいか。
まあ、ええわ。嫁はん(仮)もあんなに喜んでるし。もうここで引き返すことはできまい。

ーほな、買いましょか。

そう言って購入の手続きを進める。
といっても、ここですぐに物件を買えるわけではない。では、といって差し出されたローン契約の仮審査の書類。
これとは別に、会社関係の銀行でローンを組めれば金利が安いはずなので、そちらの審査も通したいと言って、これは家に帰ってから自分で審査の申込みをした。

住宅ローン!

そう。俺はどうせブラックリストなので、住宅ローンは組めないのだ。どうせ、審査には落ちる。
家など買えるわけがない。
嫁はん(仮)のマイホームの夢もここまで。
これで、半年にわたって続いてきた嫁はん(仮)との戦いも、終わる。

<続く>