そうめん7月某日、夜。

仕事から家に帰ると嫁はん(仮)がこれはどう? と言ってスマホを差し出し物件情報を見るのがルーティーンになっていた。
しかし、差し出される物件はどれも、俺が絶対に譲れない条件として提示している3,000万円を下回るものではなく、3,200万円〜3,500万円ぐらいのものばかりで、値段を聞いてその情報を見ることすらしないことも何度かあった。
それでも、懲りずに物件情報を見せてくる、ゾンビメンタル。
もはや、どちらが折れるか根比べである。これが永遠に続くのかと思うと、本当に家に帰るのが憂鬱になることもあった。

ところがその夜差し出されたのは、3,000万円を大きく下回る物件。

昨日まで見てきた物件と比べると、1,000万円近く安いではないか!

それでも、2,500万円近くするし、もともとマンションを買うことに対してあまり乗り気ではなかったことを思えば、決して安い買い物ではないのだが、なにか1,000万円も得をしたような気になる。

昨日までのゾンビ攻撃は、嫁はん(仮)の計略だっか!

条件を見てしている以上この提案を退ける理由もなく、ええんちゃうん? と言って次の週末物件を見にいくことにした。

和光市の中古マンション。駅から徒歩15分!

そして週末。午前中にジョギングがてら一足先にマンションを見にいってみた。
今の家からは走って20分ぐらい。3kmぐらいの距離のところにそのマンションはあった。

和光市は成増に負けず劣らず坂が多く、長く急な坂道を下り、同じだけの距離をまた上り、ヘトヘトになってようやくマンションに辿り着いた。

ーこんな坂、毎日歩けるかい! これは嫁はん(仮)も住みたくないと言うだろうな。

そんなことを思いながら走って今の家に戻り、今度は嫁はん(仮)と電車に乗って和光市に向かった。
少し前に走った駅からの道をだらだらと歩き、少し前に走った坂道を下って、上る。
嫁はん(仮)はもう完全にへばっている。

ようやく辿り着いた坂の上、マンションの前では不動産屋のおっさんが待っていた。

ーどうも。
ーどうも。

軽く挨拶をして、部屋に入る。

実は、このマンションにはすでに一度訪れたことがあった。
先ほどのジョギングではない。半年ほど前、まだ何も分からず物件を探し始めていたころ、成増の不動産屋に別の部屋を案内されていたのだ。
そのとき見た部屋はこの部屋よりも狭く、なんの印象にも残っていなかった。
車で案内されたので、場所もよく分からなかったし。

下駄箱が大きいね。部屋は、まあまあやな。お風呂は広くて良いな。収納が少ないな。でも棚みたいなのは多いな。キッチンは広いな。お、食洗機ついとるやんけ。ベランダ広いな。
そんな会話をしながら、そんなに広いわけでもない部屋の中を、ゆっくりと見てまわる。
俺は、先日買った一眼レフで部屋の中、設備を何枚も何枚も写真を撮る。

あれだけもったいぶってシャッターを切らなかったデジカメで、最初に撮ったのはマンションの写真だった。

部屋の中を2周、いや3周ぐらいしただろうか。
嫁はん(仮)は、さらに丁寧に見てまわっていた。

俺は、買ってもいいかなと思いはじめていた。
ここ半年の嫁はん(仮)との戦いに疲れ切っていたのかも知れない。これで、この戦いが終わるのであれば、もういいじゃないか。

ー買おか。

帰りに駅前の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、嫁はん(仮)にそう言った。

<続く>